凍苑迷宮図
         〜789女子高生シリーズ
 


      




さてさてどこからお話ししたらいいのやら。
まずは、
島田警部補が何者かから狙撃された…という
何とも衝撃的な1コマで続くとした前章でしたが、
三者三様だった朝の描写、
実を言えば、三木さんチや八百萬屋に怪しい影が来訪したのは、
時間軸をもう数日ほど先へと逆上った、
警部補狙撃騒動のあった“昨日”より も少し前の、別の朝のお話でして。





無礼者めと戦闘モードに入ったお嬢様のご乱心を静めるのを兼ねてのこと、
結局は学校の近くまでを車でお送りした三木さんちの騒動。
あら珍しいこと、お車を出すほどお寝坊したの?と、
そうと訊いてきた七郎次や、
まだその時点では自分も似たような訪問者があったとは知らなんだ平八へ、
ちょっと訊いてよと語る間もなく、

 「草野さん、林田さん、三木さん、
  シスター・アンジェラがお呼びです。」

  「はい?」×3

三人のお嬢様たち、別棟のシスターたちの控室へと呼ばれることに相成った。
まま、学校へ登校したものの、授業があるでなし。
それぞれのお役目が割り振られた部署へ、
“登校しておりますよ”との報告さえ済ませれば善しという身。
ちなみに七郎次は当日の式次第を告げる進行アナウンスを担当しており、
来賓や予定が変われば草稿も変わるので、
それを確認がてら、あとの二人の親友に会いに来たようなもの。
教室へ一旦荷物を置いての、呼ばれたお部屋へ向かうと、
そこには生徒指導を担当する少々古参のシスターが待ち受けており、
だが、

 “な、何の騒ぎで呼ばれたのかな。”
 “お正月のアレかな?”
 “バレンタインデー絡みのアレかな?”と

叱られるとして、だが、思い当たるものが多すぎて。(笑)
お互いへ目配せを送り合いつつも、
どう応対したものなやらと心境を決めかねておれば、

 「実は昨日、あなた方への取材をという人たちが現れましてね。」

 「………はい?」





     ◇◇◇



三月の頭に卒業式を控え、
当事者である三年生のお姉様がたも
外部受験をなさっておいでの方々におかれては
結果発表にドキドキなさっての落ち着けない頃合いだったろが。
在校生たちだって結構慌ただしい日々を送っておいでで。
殊に、卒業式自体や式当日に重要な役目を果たさにゃならない顔触れには、
学園祭の準備にも等しき慌ただしさに追われる、
2週間ほどだったりするのだが。

 「わたしたちへの取材、ですって。」

そんな最中だった如月の後半。
記録的な寒さと降雪だけでも十分に、
忘れ難くて印象深い年となりそうなのへと加えて。
いきなりマスコミ、というまでもないランクながら、
取材攻勢に遭うこととなった3人娘であったようで。

 「シスター長が仰有るには、
  何のアポイントメントも取らずの
  いきなり押しかけて来た、自称・記者とカメラマンがあって。」

彼らはとある町のタウン誌を手にしており、
そこに掲載されてたスキー場の風景の写真を差して見せ、

 『この子たち、こちらの生徒さんなんでしょう?』

あまりにもあか抜けていて可愛いので驚きました、
ネット上で騒がれてもいたんでどんな子なのかなぁと。
ご存じないですか?
今時はそういうところからブレイクする娘さんも珍しくはなくて…と、
何とも蓮っ葉な言いようを並べる連中だったので、
ウチではそういうお申し出の仲介は致しませんと、
とっとと帰っていただきましたが、と。
そのときもそうだったのだろ、きっぱりしたお顔で仰せになったシスター長、
もしかして皆様のお宅まで押しかけて来るやも知れませんと、
結果、ご注意くださいましねとの忠告を下さっただけだったのだけれども。

 「記者とカメラマン、だって?」

恐らくはそれと同じ連中なのだろうと、
久蔵がシスター室から少し離れてからぼそりと口にしたのが、
今朝の遅刻しかかりの原因となった無礼な客人のお話で。
何でしょね、そりゃあと。
作業や打ち合わせは先の登校日とさして変更もないというのを確かめてから、
今日は所用のため早引け致しますとそれぞれに告げ、
この事態を検討するべく、一番間近の“八百萬屋”に話の場を移した彼女らで。
何だ随分と早いお帰りだったなと、
意外そうに迎えて下さった五郎兵衛さんへも、
何だかややこしいことが持ち上がったようでと話したところ、
彼もまた、何やら心当たりがありそうな反応を示し、

 「どうかしましたか? ゴロさん。」
 「いや、実は……。」

あの学園や久蔵の自宅へ
不躾に入り込んだ輩と同じような態度の連中なら、
ウチへも来たぞ、それも今朝だと。
思わぬ方向から飛び出した話へ彼もまた驚いたのだろう、
不審極まりないことよのと、感慨深げに告げたものだから。

 「怪しいにもほどがありますよね、それ。」
 「………。(頷、頷)」

女子高生ならではな ブームや可愛いものへはさすがにアンテナも働くが、
どちらかといや世情には疎いほうの久蔵までもが、
それって変だと眉を潜めたことの方が、

 「意外な反応だの。」
 「………え?」

まだ客足は少ないのでと、バイトの子に店のほうは任せての、
三人娘らと共に居間へと落ち着いていた五郎兵衛のそれではないお声がし。
不意な割り込みへ少女らがお顔を上げれば、

 「あ…。」
 「勘兵衛様?」

何でどうして、あ、そういえばバレンタインデー以来ですねと、
早くも混乱しかかっている七郎次なのを。
“どうどうどう”と宥めつつ、
一体何用だ、無駄に神出鬼没の得意な奴めがと、
久蔵が鋭い眼差しをキロッと差し向ければ、

 「俺が呼んだ。」
 「う…。」

蓬髪の壮年警部補と共に来たらしい、
そちらは久蔵お嬢様の主治医こと、榊兵庫さんが、
こっちこそお前には言いたいことがあるという頭痛顔にてご登場。
ちなみに、大人の皆様の側の事情はといえば、
久蔵お嬢様が暴れかかったその大元、奇妙な不法侵入者があったこと、
一応はと三木家の主人へも報告をしたのだが、
あいにくとその家長様も夫人も
数日後に迫っていた調印式のセレモニーの何やかやでお忙しく。
警察への届けは勿論のこと必要だが、
どうせなら気心の知れた方にと思った家令殿。
とはいえ、いきなり自分が島田警部補へと連絡するには伝手が弱い。
それに、お嬢様の身への問題だけに、
身内も同然、日頃もともすればご両親より間近においでの
榊せんせえへもお話ししといた方がよろしかろう…という経路を通ってのこと、
勘兵衛へと連絡を取ったところ、
五郎兵衛もまた、不審な輩が平八目当てに訪のうてなと言って来たので。

 「同じ一派の者かも知れんと、
  話を付き合わせに顔を合わせるつもりでいたのだが。」

出来ることなら大人らで内々に片付けたいと思っていたが、

 「まあ、久蔵が既に咬みついておったなら、
  そう持ってゆくのは無理な話ではあったのだし。」

内密にというのは諦めたと、
だからそんな目で睨むなとの苦笑をする、
勘兵衛の鷹揚さへこそ吐息をついてから、

 「それで? そやつらが注目したタウン誌というのは何の話なのだ?」

どうやらそれが発端らしいと、
途中から話が聞こえていたらしい榊せんせえが、
コートを脱ぎつつ問いかければ、

 「ああえっと、これですよ。」

マガジンラックへ差してあった、ぺらんとした光沢紙の小冊子。
平八が引っ張り出すとコタツの天板の上へと置いて、
それを七郎次がぺらぺらとめくった先には、
今が丁度シーズンなのだろうスキー場の特集記事があり。
大小のスナップ写真をちりばめた、何とも楽しい紙面になっているのだが、

 「…これは。」
 「こちらも、ではないのか?」

そう、そこに使われてあったのが、
スキーを軽快に操る少女も、雪だるまと肩を並べて微笑っている少女も。
はたまた、
ぼんぼりのついたニット帽子も愛らしい、おでんでおやつ中の少女もと、
こちらの三華様たちの姿ばかりなのが問題で。

 「それって、先月の末にスキー合宿があった街のなんですよね。」

今年もやはり豪雪に見舞われたので、
代々の定宿にしていた東北のほうのスキー場へは到底向かえず。
まだ多少は交通の融通も利くという、
別のスキー場での2泊3日のスキー学習と相成ったのだが、

 「宣伝もかねての記事に、写真を使ってもいいかって頼まれまして。」

勿論、引率のシスターや教員の方々へも確認は取りましたし、
こちらの素性、特に個人情報は絶対漏らさないならとの条件付で、
了解したものですよと。
けろりと言ってのける白百合さんへは、

 「おいおい、七郎次。」

こういうことへの慎みというか、
そうやすやすとメディアへ顔出しなぞしたがらぬ、
一番気遣いしそうな彼女のそんな言いようへ。
似合わぬぞと感じた勘兵衛であるらしかったが、

 「これが初めてではなかったしな。」

ぼそりと付け足したのが紅ばらさんで。
それへ頷きつつ、ひなげしさんが同じマガジンラックから引っ張り出したのは。
湖畔のキャンプ場特集とか、砂浜のきれいな海岸だとか、
ここからはやや離れた土地々々のタウン誌や情報誌の数々で。

 「バカンスの旅行や、国体出場、学園からの郊外学習先なぞで、
  写真を使わせてもらいたいって言われたご当地のです、全部。」

特に珍しいケースじゃなかったと言いたいらしい彼女らだったが、

 「…お前らなぁ。」
 「だって報告するほどのことでは。」

またしても自分らが知らなんだことがひょっこり出て来たのが不満か、
保護者の皆様が渋いお顔になったのへ。
肩をすぼめたのが七郎次なら、
それを庇うのが先で、
勘兵衛と同じような渋いお顔の兵庫せんせえへの弁明は後回しなのが久蔵。
まあまあと微笑って誤魔化すのが平八なのもいつものパターンで。
いつものごとくと、余裕のある彼女らなのは、
帰りの道すがら、ある程度まで論を固めていたからかも知れぬ。
というのが、

 「こういうひょんなもので皆さんが眸を留めて話題になって、
  もっと全国版のメディアへ採用されてのアイドルになったって話、
  確かに聞きますけれど。」

そうと言いつつ、
ノートパソコンを電話のおかれてあった台の引き出しから
引っ張り出しての立ちあげたひなげしさん、

 「そういうのって、よほどのレベルで話題にならないと、
  こんな遠くの街で活動する記者の耳目には到底入りません。」

現に、ググっても呟きやお顔紹介の書き込みを見ても、
これの話題なんて一向に拾えませんしねと。
何かしらの代理のように、苦笑半分の困り顔になって見せ、

 「今 話題とかブームとか全国版の番組が取り上げるころには、
  ネットの世界や呟きへのフォロワーには
  とっくに知ってる話になってるもんですが、」

そやつらが言ってるような、
ネットで話題だったから…って順番だとは到底思えませんと、
しっかり断言する。

 「第一、私はともかく、
  シチさんや久蔵殿は、とっくにメディアへも顔出ししている身ですのに。」

なのにいちいち騒がれないのは、
それぞれの親御さんたちも広く知られている方々だからで。
それをさも掘り出し物のように、
自分らが発掘した美少女たち扱いなのも、妙というものでと。
今度は“困った大人たちだねぇ”と同情半分な笑い方をする。

 「あの女学園へまずはと向かったのだって、
  当時スキー教室に来てた一団というところから地道に追って来たにしては、
  鼻が利き過ぎというもので。」

そうさな、それに そうまで調べ当てたなら、
あの女学園へやたらちょっかい出すと
あちこちの大御所が黙ってないこともまた気づけように
……と、これは五郎兵衛殿の感慨で。
それへ意を得たりと感じたらしく、

 「だからこそ、アタシらとしてもアタリはつけやすかったのですが。」

にこりと微笑ったのが白百合さん。
アタリ?と問い返すようなお顔になった榊せんせえへ頷き返して、

 「この日かずでアタシらの実家まで突き止めてるなんて、
  訝しいにも程があります。」

そうまでの情報量や収集力があるのなら、
自惚れて言うんじゃありませんが、
あちこちからのストップがかかって、こんな突撃取材なんて出来っこない。

 「現に他の土地で使われた素材を見たからという
  来訪者なんて来た試しがありませんでしたしね。」

あ、でもそっちもゴロさんが追っ払ってたら判りませんが、と。
にんまり微笑った平八だったのは、
こんな場で惚気とは大胆な…とあとの二人の金髪娘らを瞠目させもしたけれど。
……という脱線はともかく。(笑)

 「でも、アタシたち個人への報復を構えてのことだとしたら?」

  良家の令嬢が写真週刊誌なんぞのパパラッチに追われるというのは
  普通に外聞がよろしくないですし、
  監視されていちゃあ ついつい行動も制限されちゃいます。

 「そうと判っててやったんなら、立派な嫌がらせです、これって。」

むんと拳を作った白百合さんだったのへ、紅ばらさんもうんうんと頷き、
ひなげしさんもさもありなんと微笑って見せてから、

 「これは誰かが故意にリークしているなと睨み、
  となれば、メディアを使ってるところから察して、
  あのバレンタインデーに一騒ぎ醸してくれた
  女性ライターさんが怪しいなと思われますが。」

すぐ前にかかわり、
お叱りを受けて仕事も結構干されたらしい
女性ライターさんの報復かとも思えたが、

 「ただの嫌がらせなら、もっと直接的な手もあるだろに。」

そこがイマイチ、収まりが悪くてと、
ここまででも結構達者な推理を立てておきながら、
でもでもまとまりが悪いと、ご不満そうなお三方。

 「だって、取材させて下さいって声掛け程度、何の障害にもなりゃしません。」
 「おいおい、さっきは外聞が悪いとかどうとか言ってたろうが。」

舌の根も乾かぬうちから何をとんちんかんなと、
兵庫せんせえが言いかけたが、

 「…そうか、そうさな。もっと破天荒なことを散々やっとるんだ。」

そっちを根掘り葉掘り聞かれるような取材でないなら、
いやさ、そっちの武勇伝だって、
本人たちは隠す気はさらさらないのかも知れずで。

 「荒ごとで掛かって来るような格の手合いを差し向けているのも、」
 「そうだったのですか? あ、まさか怪我は?」
 「〜〜〜。(否、否、否)」

訊いた話じゃあ、
学生カバンを横薙ぎに振るったお嬢様のカウンターで、
狼藉者が1人倒れたと言ってたがと。
榊せんせえが胸の内にての呟きも、まさかに聞こえるはずもなく。
その代わりに、彼女らが紡ぎ出す論はといえば、

 「鬱陶しさからでも、力づくででも、
  わたしたちを警戒させたいってのかなぁ。」
 「大人しくして家から出て来ないように?」

 となると、
 私たちの出先で何か起こすつもりなんでしょうか。
 それにしたって、私たち程度では、
 前以て警戒されるようなタマじゃあないですって。
 そうですよね、陽動にしても撹乱にしても、
 正規の捜査権がある警察のほうを振り回すべきでしょう、まず、
 何たって非力な婦女子ですし。

  んんんんんんっんんんっ(笑)

好奇心旺盛な顔触れだから、
首を突っ込むことで騒ぎを大きくされたくはないとか?
関係者に大御所もいますから、
一般人よりは大きな騒ぎに出来る身じゃあありますものね。

  いやいやいや、本人らが行動的すぎるからなんじゃあ…と。

無駄な抵抗、無意味な反論を
胸のうちで零しかかった黒髪のせんせえの傍ら。
ご自慢の…かどうかは知らないが、
顎先のお髭をしごいておいでだった警部補殿、
ふとお顔を上げると、

 「もしかして、この後、お主らが参加予定のあれこれを全部、
  警戒してあたるつもりじゃあなかろうな。」

 えー、まさかぁ。
 キリがない。
 そうそう、これでも結構あちこちからお呼びも掛かってますし。
 何たって春休みが間近ですものねぇ。
 春旅行のキャンペーンにも招かれておりますしvv
 ウチにも。
 そうそう、ホテルJのイースタープラン…と。




 そうやって並べた中に、明らかに言わなかったイベントが二つほど。
 草野画伯が主催する派の季節展と、
 ホテルJにて催されるという、業務提携の調印式と。
 そういう詰めの甘いところが女子高生なのかねぇと、
 くつくつという苦笑をしつつ、
 ちょみっと意地悪な駄目押しを、
 体を張ってして見せた島田警部補だったのだけれど。


  「病院にいないんじゃあ説得力に欠けますぞ、勘兵衛殿。」
  「面会謝絶の札を掛けてもらったんだがな。」
  「どっちが詰めが甘いのだかだの。」
  「却って“敵討ちだ”とばかり
   おシチちゃんの闘志を燃やさせたのではありませぬか?」


   「う〜〜〜ん。」(おいおい)






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 *相変わらずにややこしい話ですいません。
  元はといや、
  勘兵衛様が撃たれてシチちゃん大ショック
  …というシーンが浮かんだのが発端で。
  それだけでお話を練り上げようとは
  無謀の極みでござましたね。(まったくだ)
  まだちょっと続きます。
  正に悪あがきですが、よろしかったらお付き合い下さいませ。


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